カナリヤ響子ブログ

興味あること、体験したこと、感じたこと、学んだこと、日常のこと。好奇心が赴くままに着々と綴っています。ブログの主なテーマは【日常/音楽/写真/ボイトレ/カラオケ/昭和の歌/ウェブライティング/観光スポット/グルメ/料理/美容/ダイエット/チワワ/】など、興味あること全般です。カナリヤ響子については、プロフィールをご覧いただけると嬉しいです。

歌う時のスタンス、これからのこと。

しばらく、発声のことをお話ししてきました。


どちらかと言うと、ロジカルな内容でしたので、エモーショナルな文章を望んでおられる方は、少しお疲れになっただろうかなと思います。


もちろん、私の頭はロジカルだけでは成り立ってはいないので、エモーショナルな部分も頑固に残しております。


そのような私が、発声のメカニズムを考えていたのは、表現の幅を広げたかったからです。


もちろん、発声の何それを知っただけでは、聴いてもらえる歌が歌えるとは限らないわけで、そこは、理屈理論では解けないのです。


ありがたいことに、私は偶然に偶然が重なり、10代の頃から多くのステージで歌わせていただきましたので、そういう事は、肌で学ばせていただきました。


だから、発声のことを学んだとしても、後は、自分の感覚でそれを生かしていくのみです。

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極端な例を挙げると、発声ができていない人でも、売れる時は売れるんです。


聞いているのは人間ですから、いつどこでもどんな時でも、響きが良い引っかかりのない声が聞きたいわけではありません。


人間にはたくさんの心や想いがあるのですから、求める声は一色では無いわけです。


そうした中で、10代の頃から歌ってきた自分のことを、久しぶりに冷静に振り返りました。


そしてまた今回は、当時のことを知っている人と話をしてみました。ちょうど、そういう機会がありましたので。


そこでまた、歌うときのスタンス、厳密にはこれからのスタンスを考え直してみたのです。


歌っている私は、一体どこが光っていたのかな?周りの人にとって、どこが光だったのかなと言う視点で考え直してみました。


話は変わりますが、誰にでも個性と言うものがありますね。


個性と言う言葉は、現代では良い方で使われていますが、残念ながら悪い個性もあります。

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自分は良い個性だと思っていても、実は周りにとっては悪い個性であり、悪い影響を与えているケースも、よくあるのです。


その辺の良い悪いの判別は、冷静に客観視ができていなければ、判断できないのかもしれませんね。


または、正直に意見を述べてくれる友人等がいなければ、難しいのかもしれません。


そういう観点で考えたならば、私が歌っているときに好きだった感じの歌い方と、周りが好きだと思っていた歌い方に、ズレがあったかもしれないのです。


だけど、表面的には感動したようなアクションをとられていた場合、そのズレには気づきにくいんですよね。


何よりも、自分が良いと思える歌い方、スタンスが決まってしまっているわけですから、リスナーに表面的に感動したような表現をされてしまうと、ますます勘違いに陥ってしまうのです。


そこで冷静に判断するのは、非常に難しいと思います。


だから、今そういう地点を通り越してみて、冷静に考えてみると、私の良いところは、センスの良さなのです。


これは、歌に限らず、作曲する時、写真を撮るとき、文章を書くとき、すべてに通じる良い個性です。


いろんな方面で、結局はその部分を評価されてきたのだと思います。


歌に限っては、昔歌っていた頃、歌詞の意味は、さほどわかってなかったのです。

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なんとなく、旋律に乗って聞こえてきた歌詞、それを包み込む音、演奏、アレンジなどを感覚で捉えて、自分なりにイメージを作ってたんですね。


そこに、理屈理論は全くないのです。ときには、勘違いのまま、歌っていることもありました。


その勘違いを、自分では恥じていましたが、そんなに賢くなる必要は無いのです。


ライターをやっている時も、難しい事は一応頭に入れていますが、実際に書くときは、ほぼ何も考えていません。


つまり、それが私の個性なのです。


だからこれからも、歌うときのスタンスは、そんな感じでいいかなと思います。


ただ、知識を得ていくことは大事。その知識を共有できると、もっと素敵だと思います。


難しいことを勉強したとしても、それだけにとらわれないこと。それが大事かなと思いました。


だから、最近音楽制作をしているのですが、あまり考えずにやっていこうと思っています。


そういうスタンスを取り戻そうと、最近決めました。


歌に限らず、いろんな方面で、そのセンスを生かしていきたいですね。


今の時代、考えているようではもう遅いのですね。作る側としては、遅いです。考えている時間がもったいない。


ほぼ、直感で進んだほうがいいし、そこに答えを求めすぎないほうがうまくいくと思います。


わかりやすく言うと、「こうしたいからこうした」で良いと思います。そういう中でも、しっかり時代を見つめられていれば、時代に合ったことができるはずです。


そこは、狙わなくても考えなくても、できる人はできるんです。狙う時間、考える時間は非常にもったいない。


そんなことをしている暇があったら、衝動のまま突き進むのが良いかと思います。


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