カナリヤ響子ブログ

ウェブライティングや音楽など、いろいろやってます。フリーランス生活8年目です。ここでは、ありとあらゆることを綴ったり、情報まとめをしたりしていきます♪

大阪梅田の北向地蔵の歴史と私個人の思い出を綴る

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こんばんは。カナリヤです。今回は、前回の難波八阪神社の話に続いて、大阪の梅田にある北向地蔵尊のお話をしたいと思います。


実は、21歳位の時に、この辺で暮らしていました。もう20年以上前の話になります。時が経つのは、ほんとに早いな。


さて今回は、なんとなくこのお地蔵さんに会いたくなって、お参りしてきました。それがきっかけで大阪梅田の北向地蔵尊について、調べたり、当時のことを思い出したりしてみたので、ここにまとめてみたいと思います。

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紀伊国屋書店の西側にある北向地蔵尊

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画像出典:https://store.kinokuniya.co.jp/store/umeda-main-store/

北向地蔵尊がある大阪の梅田駅の中には、大きな紀伊國屋書店があります。


当時、書店が大好きだった私は、仕事の合間を縫って、よく紀伊國屋書店に出かけていました。紀伊國屋書店とは、新宿に本店がある大型の書店です。今では全国的に有名ですね。


21歳くらいの私が、当時住んでいたところは、紀伊國屋書店がある梅田駅から歩いて5分位のところ。


北向地蔵尊が祀られているのは、梅田駅直結のショッピングモール「阪急三番街」の南館の中。南館の1階には、地蔵横丁と言う細い通りがあり、その奥に北向地蔵尊が祀られているのです。


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画像出典:https://www.h-sanbangai.com/floor/1f_s.html

初めて、北向地蔵尊を見たとき、意外なところにお地蔵さんが置いてあるんだなー?と思いました。


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きっと、現地に行くと、ほとんどの人がそう思うのでは?なぜ、ショッピングモールの中にお地蔵さんが祀られてるのか?と気になるはず。


そこで、調べてみたところ。その理由がわかりました。


昔、この辺に大きな墓地があり、その墓地を見守られていたのが、この北向地蔵尊だったそうなのです。その後、少し移動はしたものの、今もこの場所に安置されているのだとか。


地蔵横丁には、立ち飲み屋さんとか普通の居酒屋さんとか、飲食店がいくつか並んでいます。懐かしい感じのお店ばかりです。

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梅田にはそういう飲み屋街がいくつかあったりするんですよね。


地蔵横丁を抜けて北向地蔵尊の前を通るのが日課

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私が当時暮らしていたのは、この地蔵横丁を北方向に通り抜けて、阪急三番街のビルから出たところにあるショッピングモールのD.D.HOUSEの隣でした。



つまり、お地蔵さんが向いておられる北向きの方向にまっすぐ出た先で暮らしていたのです。



北向地蔵尊の東側には、紀伊國屋書店がありますから、紀伊国屋書店に行く時は、地蔵横丁を抜けて北向地蔵尊の前を通っていました。

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画像出典:https://www.h-sanbangai.com/floor/1f_s.html

この場所は、大阪新阪急ホテルに隣接していたり、タクシー乗り場があったりなどで、タクシーが多いのです。

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ここも、タクシーの通り道です。この通り道を渡ると、紀伊國屋書店、梅田駅があるのですね。


北向地蔵尊の歴史について調べてみると

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さて、ここの北向地蔵尊ですが、もともとは自然石に刻まれたお地蔵さんだったとか。1891年(明治24年)にこのあたりにあった畑から掘り出されたお地蔵さんなのです。それからというもの、北向きに安置され、地域の人々によって厚く信仰されてきました。

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北向きに安置された当時は、梅田墓地という大きな墓地がありました。ちょうどこのあたりです。墓地に眠る仏様を見守っていただきたい思いで安置されたのが建立の始まり。


現在の阪急三番街が誕生したのは1966年、昭和44年のことでした。その際に西方向へ50メートルほど移って、現在の場所に安置されたそうです。つまり、当初は紀伊国屋書店よりももう少し離れたところにあったのですね。


北向地蔵尊が北向きに安置された理由

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さて、ここで注目していただきたいのがお地蔵さんを安置した向きです。北向地蔵という名前の如く、北向きに向いておられるお地蔵さんで、一般的に南向きに安置されるお地蔵さんが多い中で北向きのお地蔵さんは、とっても珍しいのですね。


しかし、そこにも深く理由があるのです。


風水から考えたとき、「北」は鬼門、悪い鬼が溜まっているところだとされています。そのような考えのもとに、風水が生まれた中国では、皇帝や王侯は南向き、家臣は北向きで王宮が設計されているのです。


例えば、京都の御所は、その考え方のもと、南向けに建てられています。


いろんな考え方があるとは思いますが、例えば、仏壇は北向きは良くないと言われていますよね。


それは、仏様やご先祖様を北に向けておくのが失礼だということで仏壇を北向きに祀るのは、あんまり良くないとされてるのだとか。


その他には、単純に日当たりが悪いなどの理由もあるようです。仏壇を扱うショップ等のコラムには、そのように記されていることが多いですね。


しかし本来、お地蔵さんは、北向きが正解なのだとか。けれども、日本のほとんどのお地蔵さんが南を向いておられるそうで。。。これに関しては、祀られた時の考え方に準ずるので、正解不正解だけでは分けられないのが正直なところ。

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大阪の梅田の北向地蔵尊に関しては、本来、地蔵菩薩様は衆生とともにある存在の菩薩様だという考えから、人々に寄り添う形の方向として、北向きに安置されたそうです。



つまり、北に衆生が存在する位置だという考え方であり、人々の悩みや苦しみに耳を傾けてくださるお地蔵さんとして、北向きに安置されたのですね。 


地蔵菩薩様が本来、衆生とともにある存在の菩薩様だという考えは、仏教に基づいて言い伝えられています。少し難しい話をすると、生きとし生けるものが六道輪廻でぐるぐる彷徨う中、その六道に存在し、衆生の悩みを聞いてくださるのが地蔵菩薩様なのです。


それが、本来の地蔵菩薩様ならば、人々の悩みや苦しみに耳を傾ける方向として北向きに建立すべきだという考えのもと、大阪の梅田の北向き地蔵尊は、北向きで安置されたそうなのです。

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現在もこのお地蔵さんは、地域の人や他の地域の人からも熱く進行されており、お賽銭は、年間200万円にも上るとか。そんな話をすると、なんだかちょっと汚れてしまうような気もしますが。それぐらいに、悩みを聞いてくださっているお地蔵さんなのですね。


何も知らずに手を合わせていた当時の私

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そんなことを全然知らずに、21歳頃の私は、無意識にこのお地蔵さんに手を合わせるようになっていました。そしていつの日か、誰にも言えない不安や悩みを訴えていたのです。


願い事をしているわけではありませんでした。当時の私には、たくさんの不安や悩みがあったのです。それを打ち明ける場所がなく、なぜかここで手を合わせて、お地蔵さんにお話をするのが日課になったのですね。そうすることで、なぜか心が落ち着いたのです。


このお地蔵さんが北を向いておられる理由を知ったのは、昨日です。なんだか、その理由を知って嬉しくなりました。

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21歳の頃と言えば、家を飛び出して外で暮らしていたときです。結構、毎日荒れていましたね。楽しそうにしていたものの、心の中はいつも不安で、少し気を緩めると泣き出しそうな位、心は泣いていたと思います。


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そんな心が少しでも前向きにしたいと思い、毎日、紀伊国屋書店に通っていたのでしょうか。いろんな本を開くたびに、前向きになれるフレーズや写真、デザインなどが目に飛び込んできて、心が明るくなりました。


当時は、このあたりで友達もたくさんできて、飲みに行ったり、クラブに行ったりとか、それなりに楽しくは過ごしていました。だけど、それは一時しのぎな楽しさであり、結局は空っぽでしたね。


当時の私は、これからの生き方について特に悩んでいたと思います。どんなふうに生きていけばいいのかがわからないし、自分が何をしたいのかもわからなくなり始めていたのです。


そんな頃を経て、その後もいろんなこともあって、今があります。


これからも良い報告をしに、会いに行きます

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今、私は、幸せですね。苦しみがないわけではないけど、それも含めて幸せです。


いろんな意味で、こんな風になれてよかったと思ってます。


あの頃はあの頃で、その後もいろんな街に行って、暮らしたりして、それなりに楽しくできてよかったと思っています。今となれば、辛かったこともふくめて、宝物な思い出もあり、心の中でずっと消えない風景もあります。


特に、東京にはそういう場所が多くて、横浜で暮らしていた時は、東京にもよく出かけていました。現地に行くと、当時の思い出がすぐによみがえってきました。


きっと、現地の空気自体は変わっていないんですよね。風景は変わっても、そこの空気は変わってないのです。


だって、その街には歴史があるわけですから、歴史は、なかなか変えることができません。その土地に宿る歴史が作る空気は、そう簡単に変わらないのだと思います。


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いつの日か、私はそういうことにこだわっていろんなところに行くのが好きになりました。そこで写真を撮ったり、文章を考えたり、歌を考えたりしたいと思うようになりました。


だからこれからも、少しずつ、そんな毎日に変えていこうと思っています。


最後に。今回記事を書くために大阪梅田の北向地蔵尊について調べてみたわけですが、北向きのお地蔵さんは、当時の私の悩みを本当に聞いていてくださったのかもしれませんね。


先日は、本当になんとなく立ち寄ったのですが、このタイミングにも意味があるのかもしれません。


今、こんな形でお参りができて、本当に良かったと思いました。北向地蔵さん、ありがとう。これからも、時々、良い報告をしに、お礼を伝えに会いに行きますね。