カナリヤ響子ブログ

日常のアレコレをフリースタイルで綴ります。こんにちは、カナリヤ響子です。

おうちで過ごしながら考えてみたこと。

外出自粛により、ネット上や広告などにおいても「おうち」「家」「オンライン」と言うキーワードをよく見かけるようになりました。


おうちごはん
うちカフェ
おこもりファッション
家で踊ろう
オンライン飲み会


など。


その影響もあり、料理の簡単レシピにも注目が集まっているようです。


そうそう。やっぱりご飯は簡単でもいいから作るべきだと、普段から私は思いますね。


毎日の食事って、すごく大事。食卓も。



そして。


久しぶりにFacebookを開いてみると「家にいながらつながりを持つ」みたいなフレーズがあったりとか。


確かに、SNSを通じてつながりを持つことも大事。


だけど今は、家の中でのつながりを見直す時なのかなって思ったりとかして。


そんな発言をこの私がするなんて、ちょっと気持ち悪いかもしれませんが…。


というのも、家とか家族とか、そういうのがあまり好きではなかった私だったので。


今でも、少しは引っかかりはあるものの、楽しくやってますね。


いろいろ気づくことも多い。


昔、ある人と暮らしていて思ったことがあります。


つながりを決定づけるのは、心の距離かなと。


近くにいるのに、心は遠い。それが多分、一番辛いんです。


あれは、何歳の頃の話だったかな。


嫌な思い出は、消してしまう癖があって、ゆっくり思い出さないと、思い出せないんですよね。


いつの間に、こんなにも心の距離が遠くなってしまったのか。


とっても近くにいるのに、心が背中合わせになっている。それだけじゃない、距離まで遠い。


交わす言葉が乾ききっている。

私は乾いたまま、この先もずっとこの人と一緒にいていいんだろうか?

毎晩真剣に考えるようになってしまいました。


だけど、習慣って恐ろしい。


いつも一緒にいる空間やその人から離れるには、相当の勇気がいるのです。


ここから離れてしまったときに失うものの大きさに怯えて、なかなか飛び出せなかった。


心は離れてしまっているものの、私はその人にすっかり依存していたのでしょう。


逆にその人も、私に依存していたのだと思う。


だって、いい時もあったんだから、その記憶に引っ張られるわけです。


私は、昔からいろんなところで暮らすのが好きなので、あまり荷物を持たないようにしていました。


今でも、それはあまり変わりません。


だから、現実的には、すごく楽に出て行けたはず。


だけど、そう簡単にはいかなかった。


逆に、お互いのいる場所がすごく遠いのに、心がすごく近いこともある。


そんな経験もあった。


例えば、そーゆー面から、つながりについて考えてみると、結局は心のつながり方が大事だと思うのです。


家の中のつながりであろうが、ネットでのつながりであろうが、遠距離のつながりであろうが、大切なのは心。


心があるから、厄介だなと思ったことも多い。


心がなければ、こんなに苦しまなくてもいいのにと泣き続けた夜とか


心があるから、歌があるんだなーって前向きに思えた朝とか


喜怒哀楽の変動についていけなくて、ひどく疲れていた頃の話。


そうした中で、家族に限らず、大事だと思う人とは、現実的な距離に関係なく、心と心でつながっていたいとおもいます。


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