カナリヤ響子ブログ

カナリヤ響子さんの日常、そのまま♪

東京の仙川と千歳烏山

大体2ヶ月か3ヶ月に1度は、東京の仙川や千歳烏山にふらっと出かけています。


出かけて何をするわけでもないんですけど、時々は原点に戻りたいなと言う考えがあって。


20代の時に、東京の仙川で暮らしていました。京都から上京してプロのシンガーソングライターになるために毎日がんばってました。


一応、メジャーの大手事務所といい感じで話が進んでて、それがきっかけで上京したのです。


しかし、現実は想像していたよりも大変でした。


振り返れば、その頃、人生の中で最も調子が悪かったとさえ思えます。


特に、精神状態が悪かったですね。


自分の心の弱さを初めて知った時でもありました。


プロのシンガーソングライターを目指しているといっても、まだ仕事にはなっていないので、毎日アルバイトをして暮らしていました。


つまり、肩書きはフリーター。この肩書きをぶら下げて表を歩くことにも疲れていました。


そんなこんなに疲れて、働きに行くのもやっとの生活。そのうち、働きにも行けない位、元気がなくなってしまいました。


当然ですが、お金もなくなっていくし、スタジオ代を取るか、食費を取るかの選択を毎日繰り返していました。


そういえば先日、ある弁論大会を見に行きました。

その中で、現在も漫画家で生活されている方の弁論が心に響きました。


その人は、漫画家になるまでにすごく苦労されて、売れない頃は、食費を取るか、画材費を取るかの選択を毎日繰り返していたそうです。


そして、食べ物を買えない日は、段ボールをかじっていたそうで。


私は、さすがに段ボールをかじった経験は無いですけど、本当にお金がなかったときは、愛犬のドッグフードを食べていました。


雑種の愛犬を実家から連れてきていたので、そのドッグフードを食べていたのです。


当時の体重は43キロ。3食まともに食べれなくて、1食の時もありましたね。


その弁論大会を見せていただいて、聞かせていただいて、またいろんなことを思い出しました。


その頃のことをもっと細かく思い出したくて、時々、東京の仙川と千歳烏山に出かけています。


自分が今のようなフリーランスの生活になるまでにも、また違う苦労がありましたが、やっぱり、上京していた時に経験したことが力になっているのか、何とか負けずにやってこれました。


今でも毎日ゆるいプレッシャーと戦ってるのは確かですが、やっぱりその頃の苦労が、今になってみれば、力になっていると確信できるのです。

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だけどまだ、自分の理想には届いていません。


メジャーを目指しているとかそういうのはもう全然ないのですが、自分なりの理想がありまして。


だから、時々は原点に戻りながら、理想に近づいていこうと思っています。


多分、まだ忘れて思い出せないことがあるんです。辛すぎると、きっと忘れてしまうんですね。


でも、何かの拍子に思い出すんです。その瞬間が、怖くもあり嬉しくもありな感じで。


それをプラスにするか、マイナスにするかは、私の心の方向次第であり、それによって未来がまた変わっていくのですね。


何よりも、若い頃に、スタジオ代を取るか、食費を取るかと言う選択ができる生活の中で、貧乏を味わいながら、その中でハングリー精神を養えてよかったです。


そのハングリー精神は今、私の底力となっています。


当時お金がある人をすごく憎んでいました。その前からそうでしたが、その頃は特にひどかったです。


だけど私は、そのひがみをエネルギーにしていました。僻み根性というものです。


この人が嫌いだと言う中に、きっと憧れがあるのです。


だったら、憧れているだけじゃなくて、自分もそうなればいいんだ。


そう思って、今日まで生きてきました。


人を嫌いになるのも好きになるのも、結構エネルギーがいるし、何よりも関心がなければ、そんな気持ちは湧いてきません。


好きと嫌いなんて紙一重だなぁと今でも思ってます。


だいたい私は、そういうことを経験したくて、何かつかみたかったからこそ、上京したんだと思います。


ぬるま湯につかったような生活では、何もつかめなかったし、何も見えないまま終わっていたと思うので、自分の選択は間違っていなかったと思っています。


そんな選択ができる運命だったことに、心から感謝しています。これからもずっと。

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