カナリヤ響子ブログ

カナリヤ響子さんの日常、そのまま♪

どうやら、26歳、27歳位の人と話が合うようだ


26歳、27歳と言うと、私よりも17歳も年下。私自身は、年齢を全然考えてないからか、年齢相応に見られることが少なく、なぜか、20代後半の人と話が合う。


残念ながら、30代や40代とは話が合わなくて、最後の最後で腹を割ることができない。


私が知っている範囲での26歳、27歳位の人たちが、実は人生について悩んでいることが多い。そこが、私の過去と重なって、すごく近いように思えてしまうのだ。


思い返せば、私も26歳、27歳の頃、今後の自分の人生についてすごく悩んでいた。いろんなことに行き詰まっていた時期でもあった。だから、これからどうすれば良いのだろう…と漠然とした不安を抱えながら、毎日やるべきことだけをこなしていたように思う。


そんな私も、とうとうアラフォーになってしまった。あの頃の自分は、40代になったら?なんて想像したり、計画を立てたりする余裕もなかった。40代まで生きられるのだろうか?と思い詰めていたほどである。

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それだけ思い詰めていたからか、26歳、27歳位の人たちが作っているボカロ曲の歌詞にすごく共感してしまうのだ。流れる映像やアニメだけを見ていると、そこまで思い詰めているようには思わないけれど、歌詞のひとつひとつをよく読んでみると、涙が出るほど思い詰めているように思ってしまう瞬間がある。


かつての私も、こんな風に悩んでいたのだ。だけど私は、当時その心を歌にすることができなかった。だから、今頃になって若い世代の人たちのボカロ曲を聴きながら、過去の自分の心を思いおこしている始末。音楽をやっていながら、なんて情けないのだろうと思ってしまった。


だけど、彼ら彼女らの歌に教えてもらったことが多すぎる。彼ら彼女らの歌に出会ったのは、去年の秋ぐらいだった。友達とカラオケに行った時、途中のCMで流れていた曲。メジャーにはない曲だなと思った。特に歌詞が断片的に響いて、家に帰ってからすぐにYouTubeで検索をした。


それからというもの、彼ら彼女らの曲しか聴いてない。メジャーの音楽は、時々しか聴かなくなってしまった。


去年、久しぶりに外で働いていた時も、26歳、27歳位の人たちとよく話をしていた。音楽の話で特に盛り上がった。


そして、衝撃的だったのが、今の20代に昭和歌謡などが流行っていると言う事。そこもまた、私と話が合うポイントであった。なんといっても私は、カラオケ大会あらしだったから。昭和歌謡のことなら何でも答えられる。昭和アイドルのことや1980年代の邦楽に詳しい。


私はアラフォーになってもネットをフルに活用しているので、そういう意味でも20代の人とテンポが合うのである。わからないことがあると、すぐにGoogleに聞く。Googleでキーワード検索じゃなくて、音声検索する時代だから、打つのではなく聞くのである。


ユーチューバーやブロガーの話とか、フリーランスの話をすると目を輝かせる彼ら彼女らの前では、私はのびのびと話ができた。キーワードを出すだけですぐに理解してくれるから、説明の必要がなく、非常に楽だった。

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去年から今年の頭ぐらいまでいろんな人と話をしてみた中で、やっぱり20代が話しやすいと思った。話しやすいだけではなく、今だから振り返って考えなければいけない事とかもあり、いろんな意味で刺激を受けられる。


何よりも、私が思っている昭和歌謡と20代が思っている昭和歌謡は絶対に違うこと。例えばそのような違いを会話の中で捉えていくのも面白い。自分の世代が正しいとは思い込まないこと。それが大事なのではないかな?と思うこの頃である。


だって、時代背景が違うんだから、流行っているものが同じでも捉え方は違うはず。時代背景が違うと、人間の心も微妙に違うと思う。そこにマーケティングと言うものがあるんだと思う。


流行と言うものは、20年サイクルで回っているらしいが、回っているからと言って、今も昔も同じなのではない。時代背景が違うのと、そこにたどり着くまでにもいくつかの時代があるから、少しアレンジされている。何かがなくなって、何かがプラスされているのか?細かい事はわからないけど、実は別物なのかもしれないとさえ思う。


そんなこんなで、これからも20代の人たちとどんどん話をしていこうかなと思っています。お仲間に入れてもらえるのであれば笑。


私は26歳、27歳の頃にとことん悩んでて今のような感じになれたんですけど、彼ら彼女らにはどんな未来が待ってるのかな?って、おせっかいに考えてしまう時があります。歌から感じ取るメッセージが、例えば15年後ぐらいにはどうなっているのかな?とか、いろいろと想像してしまいます。


そして、そのメッセージは聴く側にも浸透していくわけですから、今後、何かしらでそれが伝えられていくかもしれないのです。遺伝子に組み込まれていくと言うのか、また時代はまわるというのか、次はどんな形になってどんな歌になるのかな?なんて、考えてしまうこの頃であります。


そんな中で、私も自分の歌を発していきたいです。失った歌を取り戻したいです。カナリヤ響子と言う名前は、そういう意味でつけました。

おやすみなさい。

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