カナリヤ響子ブログ

日々淡々と綴る。今日という日を忘れないように。自分らしさを忘れないように。

さようなら、千歳烏山。ありがとう、千歳烏山(2)

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一滴も残らずブラックコーヒーを飲み干した直後、背後から大きなため息が聞こえてきた。

 

振り向くとそこには、一人の女性が。

 

さっきまで読書をしていたのか、読みかけのページを開いたまま、テーブルに伏せられていた。

 

集中して小説を読んでいたから、ちょっと疲れたのかもしれない。

 

私は勝手に彼女のため息の原因を断定した。

 

ところで、ため息をすると幸せが逃げるとか言うよね?

 

だとすると、さっきのため息は10年に一度の幸運をまんまと逃してしまうくらいダイナミックなため息であったと思う。

 

そう思うと、目の前を青い鳥がよぎって、逃げて行ってしまった気さえした。青い鳥はもういない。消えてしまったんだ。

 

それで、思い出した。「ため息は深呼吸だ。」と言っていた彼女のことを。

 

この南蛮茶館の先にある仕事場で一緒に働いていた女性だ。

 

彼女の方がベテランだったから、新入りの頃は親身に仕事を教えてもらった。

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彼女は仕事中に何度もため息をしていた。

 

最初は特に気にならなかったが、回数が増えるたびに耳障りになってきて、とうとう私は言ってしまった。

 

「そんなにため息ばかりしていると幸せが逃げますよ。」と。

 

口に出してしまってから、ちょっとだけ後悔した私。

 

だけど彼女は、ひとつも嫌な顔はせずに慣れた表情で「うん。よく言われる。」と答えた。

 

それを聞いた私は「よく言われるんだったら何でやめないんだろう?」と胸の内でぼやいてしまった。

 

おせっかいな発言をしてしまったその日、タイミングが良いのか悪いのかわからないけど、お昼の休憩時間が彼女と重なった。

 

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見た限りでは、たぶん彼女は先程の私の発言を全く気にしていない。

 

むしろ、すごく気にしているのは私の方だったと思う。

 

無言になってしまうのが怖くて、「今朝は忙しかったね。」などのたわい無い話題を振ったりしていた。

 

たわい無い話題というのは、気まずい沈黙を埋めるのに最適だとその時、悟った。

 

そんな私の気遣いに気づくことなく、彼女は持ってきたお弁当をゆっくりと開けていた。

 

そして、毎度のため息をもらし、思い出したように私にポツリと言った。「ため息は深呼吸なんだよね。」と。

 

さらに続けてこう言った。「なんだか疲れたなぁと思ってため息をつくと、心がふわっと軽くなるの。ほんの少しだけど。あなたもやってみたら?」

 

ん?ため息が深呼吸?そんな話は、今まで聞いたことがなかったから、この耳には斬新に響いた。

 

 

仕方ないから、私もやってみた。90円もしないあんぱんを口にほおばっだあと、胃に押し込むように飲み込んでから、大きなため息をしてみたんだ。

 

すると彼女が言う通り、ふわっと軽くなった気がした。

 

厳密には、胸の辺りが軽くなったような気がした。

 

彼女は自分で作ったと思われるおにぎりをゆっくり噛み締めながら、こう言った。

 

「ため息だと思えば、ため息。深呼吸だと思えば、深呼吸。でも、そんなのはどっちでもいいかな。とにかく、疲れたらため息って感じで。あなたもやってみたらいいと思うよ。続けてみると、ため息は深呼吸の意味がもっとわかってくるかも。」

 

 

それからしばらく、時々意識的にため息をする習慣をつけていたと思う。

 

だからなのか、気がつくと私は、その後の半年間ほどは欠勤なしで仕事に行けるようになっていた。

 

だとすると、当時の私の得体の知れない疲労を癒してくれたのは、彼女に教えてもらったため息だったのかもしれない。

 

いや、ため息じゃない、深呼吸なんだ。

 

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今更そう確信して、1人で小さく頷いたあと、南蛮茶館から千歳烏山駅へと向かった。

_______________________続く

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