金糸雀ブログ

横浜在住のフリーランスwebライター、シンガーソングライター・カナリヤ響子の雑記ブログ。横浜のことや仕事のこと、日々の出来事、考え事、コラムなどを自由に書いております。ブックマークなどいつもありがとうございます。励みになります。

横浜市中区石川町の濡れ地蔵とは?言い伝えがちょっと悲しい・・・


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こんばんは。カナリヤ響子です。

 

私が住んでいるのは、石川町の駅の近く。元町中華街や山手の近くでもあります。よく利用するのは石川町駅

 

石川町駅の南口から歩いて3分くらいのところに、濡れ地蔵という大きなお地蔵様がおられます。

 

いつもこのお地蔵さんが気になっていたカナリヤ。そこで、色々調べてみました。

 

横浜石川町の濡れ地蔵とは?

JR根岸線石川町駅の南口から出ると、目の前に中村川という川が流れています。その川に沿って元町とは反対の方向(南口から出て左方向)に進んでいくと、「亀の橋」という大きな交差点があります。

 

そして、そこに見えるのが結構大きなお地蔵様の「濡れ地蔵」というのです。

 

濡れ地蔵は、横浜で生糸輸出業を仕切っていたフランス人が、昭和初期に古美術品を扱っていたサムライ商会社長から譲り受けたものです。

 

現在は、石川町周辺の子供たちを守るため、そして、大きな交差点付近に安置されていることもあり交通安全のために祀られているそうで、地元の人の管理が徹底されているのか、すごく綺麗なお地蔵様です。

 

横浜石川町の濡れ地蔵と地蔵坂の関係

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そういえば、以前の記事で横浜石川町の地蔵坂の話をしました。

 

www.kyokocanaryblog.com

 

地蔵坂は、この濡れ地蔵がある坂だった頃からつけられた名前です。

 

というのも現在の濡れ地蔵は、山手から地蔵坂を降り切ったところの亀の橋の交差点に安置されていますが、昔の濡れ地蔵は地蔵坂の坂の途中に安置されていたのです。

 

そのお地蔵様は、関東大震災の時に倒壊してしまいました。その後、修復をして昭和54年に地蔵坂の途中に再び安置されました。

 

さらに、近所のお地蔵様と共に平成13年に今の亀の橋の交差点付近に安置されたのです。

 

確かに、お地蔵様は一体ではなくて、3体くらいあるのです。

 

安置場所を移動した理由は、私の推測ですが、、、単純に坂の途中にあるとお参りしにくいからではないでしょうか。結構きつい坂なので、お年寄りがお参りにいくのは大変だと思います。

 

石川町駅の周辺は結構平坦ですから、お参りもお掃除もしやすいと思います。

 

 

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横浜石川町の濡れ地蔵の言い伝え

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問題は、なぜこのお地蔵様を濡れ地蔵と呼んでいるのか?です。調べてみると、そこにちゃんと言い伝えがあって、悲しい感じだったので・・・その日から私は、お地蔵様を哀れむように見てしまうようになりました。

 

というのも、14歳とか15歳とか、かなり若い女の子が身売りをさされてて・・・その身売り先から逃げ出した後に、このお地蔵様の前で一休みしたそうです。もしかして手を合わせてたのかな。。。

 

それでその後、海に飛び込んじゃったらしく・・・翌日に近所の人がお地蔵様を見ると、なぜか体が濡れてて海草まで付いていたため、その女の子の魂がお地蔵様に乗り移ったと騒ぎになって「濡れ地蔵」という名前が付いたとか・・・。

 

なんかもう・・・言葉が出なくて。かわいそうに・・・。こういうの私、すごく引きずるタイプで・・・。なんかお供えしに行こうかなとか本気で思ってます・・・。

 

この言い伝えはまだまだ奥が深いようなので、また調べて記事にしたいと思っています。

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