金糸雀ブログ

横浜在住のフリーランスwebライター、シンガーソングライター・カナリヤ響子の考察&雑記ブログ。記事ジャンルについては「このブログについて」をご覧ください。

二足のわらじをしばらく履き続けることになった小椋佳さんの話。


小椋佳 生前葬コンサート [DVD]

 

こんにちは。カナリヤです。

ちょっと小椋佳さんのお話に戻ろうかと。

 

小椋佳さんに関する4記事をまとめました。

 

www.kyokocanaryblog.com

 

これらの記事を書いてきましたが、今回は銀行員でありながら、どのように音楽活動をされていたのか?について調べたのでまとめてみます。

 

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最近は、副業も複業も昔ほどは珍しくはないですが、小椋佳さんがお若い頃は珍しすぎることで、今ではほぼ死語と言ってもいい「二足のわらじを履く」という表現が特別にあるほど、本業以外に職を持つことは珍しい時代でした。

 

 

しかも、小椋佳さんの本業は銀行員という・・・めちゃエリートかつサラリーマンなので、作詞・作曲家として売れてしまった日には、本業をやめるか、作詞・作曲活動をやめるかの選択を迫られる可能性もあったわけです。

 

 


てか、実際にあったのです。
でも、結局は小椋佳さんの天才的な交渉で上司を黙らせて、条件付きにより作詞・作曲活動も続けられることになり、今日の小椋佳さんが存在するわけなのです。

 

 

これらの経緯については、2016年1月1日∼31日の日経新聞に掲載の「私の履歴書」の中で小椋佳さん自らがお話されています。

 

 

 

そもそも、銀行員が本業であった時に、レコードデビューされているのですね・・・。1971年にリリースの「青春~砂漠の少年~」でレコードデビューされたそうです。

 

青春~砂漠の少年~

 

iTunesStoreにもあります。

 

さらば青春

さらば青春

しおさいの詩

しおさいの詩

砂漠の少年

砂漠の少年

 

 


その後、3rdアルバムの「彷徨」はなんと100万枚も売れたそうです!

 

彷徨

 

テレビやラジオにも出演されていたそうです。銀行員としても銀座支店にお勤めの中、資生堂グループの専任担当者だったそうなので・・・すんごいハードですね。

 

 

私には真似できません笑。基本、怠け者なので・・・。

 


さてさて、実際にこれだけレコードが売れている中で、銀行員としてもバリバリだった小椋佳さんでしたが、、、案の定、ある日の週刊誌に「一銀行員の副業に驚愕した第一勧銀重役会」という見出しで記事が掲載されたせいで大騒ぎになってしまったのです。

 

 

記事は、根も葉もないショッキングな内容だったそうで・・・2016年に発刊された日経新聞(有料)によると、小椋佳さんもかなり参られたようです。

 


でも!
銀行員を辞めずに音楽活動を続けられることになった小椋さん。
その時の上司とのやりとりが面白いので、また記事にしますね!

 

仕事に戻ります〜。

 

小椋佳さんに関する4記事をまとめました。

 

www.kyokocanaryblog.com

 

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