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カナリヤ響子の考えるためのブログ

webライター・シンガーソングライターのカナリヤ響子が日々考えたこと、学んだことを幅広いジャンルでレポート的にまとめるブログ。カテゴリーの「スポットレポ」の記事はオリジナルソングのネタになるかもしれないので乞うご期待♪

内田外交官?横浜元町近くの外交官の家の歴史について考えてみた

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画像出典:http://www.welcome.city.yokohama.jp/ja/tourism/spot/details.php?bbid=67

横浜駅から磯子方面のJR根岸線に乗って石川町駅で降りると、ホームから前方上に外交官の家が建っているのが見えます。
元町口に向かって進んでいくと、ちょうど右上に見えるのです。


横浜元町近くには、7つの西洋館があり、中でも外交官の家は重要文化財に指定されているほど貴重な建物です。


昨年の2015年のクリスマスには、横浜元町近くの西洋館で世界のクリスマス展というイベントがあり、山手イタリア山庭園のキャンドルガーデンに感激していた私。


そのイタリア山庭園内にあるのが、外交官の家です。


今回は、外交官の家の歴史についてカナリヤ響子なりにリサーチして考えてみた結果をレポートします。

横浜元町近くの外交官の家は内田定槌氏の私邸

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画像出典:http://murasaki659.blog.fc2.com/blog-entry-344.html

横浜元町近くにある外交官の家は、名前の通り、外交官が住んでいた家なのです。後々、別の記事でお話ししますが、重要文化財に指定されるくらいなので、やっぱりものすごく素晴らしいお家なんですよね。


その昔、外交官の家に住んでいたのは内田定槌(うちださだつち)氏という外交官です。つまり、外交官の家は内田定槌氏の私邸だったのですね。


私は、去年の2015年のクリスマス展を見に行った際に初めて横浜元町近くの外交官の家を拝見しました。人が多かったので二階まではいきませんでしたが、一階だけでもすごいです。それぞれの部屋がアートで美しいし、歴史を感じます。

横浜元町近くの外交官の家は渋谷にあった

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画像出典:http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/gaikoukan/

ところで、外交官の家はもともと渋谷の南平台というところにありました。本物の内田定槌氏の私邸は、1910年(明治43年)に渋谷の南平台に建てられていたのです。


横浜元町近くに移築されたのは1995年(平成7年)から1997年(平成9年)のことでした。それは、内田定槌氏の孫の宮入氏が建物を残したいという思いで横浜市に寄贈されたからです。


移築はかなり本格的で約100年前に建てられたままの状態です。ですから、明治の初期から大正までの外交官の暮らしを体験できる本当に貴重な文化財です。


また、渋谷に建っていた頃には関東大震災や空襲にも負けず生き抜いた貴重な西洋館であること、そして、建築仕様書がちゃんと残っていたために、移築とともに国の重要文化財として認められたという点にドラマを感じます。


まさに、残されるべき重要文化財であったような気がするのです。


横浜元町近くの外交官の家の内田定槌氏とは?

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画像出典:http://odekake.info/kanagawa/14_taiken/gaikoukan/DSCN2485.html


横浜元町近くの外交官の家の主である内田定槌氏は福岡家出身の凄腕外交官でした。福岡より上京し、1889年(明治22年)には東京帝国大学を卒業、そして外務省に入省しています。


その後、1896年(明治29年)にはニューヨークに外務省に着任して、1902年(明治35年)からは、ニューヨークの総領事を務めています。その後も才気あふれる凄腕っぷりで、様々な国の外交官を務めて、1920年大正9年)からはトルコ特命全権大使として歴任しています。


なんと、1906年(明治39)年には「横浜市長に適任」といくつかの新聞にて囁かれたこともあり、もしかしたら横浜に外交官の家が移築されることは運命として決まっていたのでは?と思ってしまうカナリヤです。


横浜とのつながりの真実はどうであれ、内田定槌氏はかなり高い評価を得ていた外交官であることには違いありませんね。


まとめ

リサーチしてるうちにだんだんワクワクしてきたのですが、外交官の家の歴史が見えてくると、改めて詳しく観覧してみたいと思ってしまいました。


ちなみに、横浜元町近くの外交官の家の設計士はアメリカのジェームズ・マクドナルド・ガーディナーです。

ジェームズ・マクドナルド・ガーディナーは有名な洋館設計士で、生涯のほとんどが海外暮らしだった内田定槌氏は、直接ガーディナー氏に私邸の設計を依頼したそうです。

そして、面白いのがそのガーディナー氏は大の日本好きで、そこにもまた運命を感じてしまうカナリヤでした。

この続きはまた。

次は、そんな外交官の家の見どころや魅力についてお話しします。